Slow life, Perth life
by shania2004
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カテゴリ:Thoughts( 58 )
::: PMS(月経前症候群)について :::
【PMS(月経前症候群)】

月経前7~10日頃になると、「イライラする」「気分が沈んでしまう」「からだの具合が悪くなる」というような症状は、 女性の約80%の方が経験していると言われています。
このような、排卵から月経開始までの時期に現れる身体的・精神的不快な症状を総じて、月経前症候群(PMS)といいます。

PMSの症状は、人によって様々な症状が出てきます(下記参照)。また、症状の度合いも個人差が激しく、症状が現れても、それほど気にならない程度の人もいれば、 逆に日常生活でさえも困難になってしまう人もいます。
このように極端に重度の症状が現れるものを月経前不機嫌性障害(PMDD)といい、 PMSの症状を訴える女性のうち、約5%の方は、適切な治療が必要であるとされています。

海外では、30年以上も前からPMSの研究が進められており、 専門的な治療や改善方法などを相談できる医師、病院、PMSセンターなどが存在しますが、日本国内でのPMSの社会的認知度はかなり低いようです。

月経のない男性にしてみれば、PMSを理解することは非常に難しいかも知れません。 普段はおとなしい女性が、ある日突然豹変する姿を見て、 「情緒不安定」や「気まぐれな性質」として片付けてしまわれた男性も少なくはないと思います。また、「あ~、いつものが始まった・・・。」などと投げやりになることもあるのかもしれません。

そんな誤解を解くためにも、デリケートな女性の体と心のメカニズムを是非男性の皆さんにもご理解いただくいい機会かと思います。ぜひPMSについて理解を深めて大切な女性とのリレイションシップを大切にしていきましょう。

【PMSに関するページ】
お月様のごきげん
All About/女性の健康
Woman Life

【症状】

<身体的なもの>
・浮腫
・胃腸障害(悪心、食欲不振)
・関節痛、筋肉痛
・乳房症状(乳房腫脹、疼痛、乳房過敏)
・体重増加
・ニキビ、吹き出物

<精神的なもの>
・イライラ
・気分の落ち込み
・絶望感
・集中力の低下
・疲れやすい
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by shania2004 | 2004-11-17 21:02 | Thoughts
::: 野鳥と森林保護 :::
先日出かけてきたDryandraとは絶滅に瀕した野鳥たちの楽園である。しかしながら、この絶滅に瀕した野鳥たちの命を預かっているDryandra地区の広大な森林も急速にウィートフィールド(麦畑)へと変化している。鳥の研究をしている友人Grahamが言うには、鳥たちは100メートルごとに森林が必要なのだそうだ。そうでないと、鳥たちは巣作りができずに死んでいく。研究をしている彼にとって、この問題は深刻だ。たくさんの論文の中で彼は常に訴えている森林を守る大切さは、コンシューマリズムとの葛藤のなかでおぼれてしまっている。結局、人間にとっては、森林保護よりも「お金」なのである。
このDryandraの鳥たちは人間を恐れない。この無垢な小鳥たちの種をどうにか守り続けていければと願う毎日である。

Dryandra is the only wood land considered to be like heaven for the wild birds which is facing to the extinction in Western Australia. However this area of Dryandra is changing rapidly to the wheat field though these birds needs to be avoided their species to be extinct. My friend Graham who is researching birds in Dryandra for last 3 years says that bird nees woods every 100m to bleed and servive otherwise they are going to die because of the failure of nesting and bleeding. It is really serious matter to him. He has been mentioning this problem in his research papers and appealing about saving wood lands and birds from massive consumarism that society has. But his appeal is unlikely to be considered so easily. Society wants money rather than birds and woodlands. Most of the birds in Dryandra never scared of humans. I am hoping we can protect these innocent birds from our greed of our consumarism. You never be able to buy another life with money. So is birds.
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by shania2004 | 2004-11-16 23:44 | Thoughts
::: 曽祖父の命日と思い出たち :::
本日は曽祖父の命日だ。
いつも鮮明に覚えている思い出が3つだけある。

一つは、曾祖母が出かけてしまって、泣きじゃくっていた私を子守唄を歌いながら優しく背負ってくれたときのこと。庭をぐるぐるして一緒におばあちゃんの帰りをまったこと。

そしてもう一つは赤ちゃんザリガニの散歩をしていたとき、がっちり踏まれてしまったときの事。このとき、私はかなり悲しかったのだが、おじいちゃんは「あ~、死んじゃったね~」といって泣いている私をみながら苦笑いをしていた。

おじいちゃんはめったに怒らない人だった。穏やかで、優しかった。脳梗塞を数回繰り返してしまったため、体が不自由だったけれど、少しは歩く事が出来た。それでも、危なっかしかったし、言葉も多少不自由がのこった。

そんなおじいちゃんに「お使い」を頼まれた事がある。
髭剃りを買ってきてほしいといわれ、「10円」を渡された。そして、さらに「お釣りをもらって来るんだよ。」と。もちろん10円で髭剃りを買えるわけが無い。おじいちゃんの立ち振る舞いからいって、わたしは「10円じゃ買えないよ!」とどうしてもいえなかった。あんなに当たり前のように信じきって、言われたからである。仕方なく、おばあちゃんのところに行って一部始終を話すと、これで買ってきて、お釣りもおじいちゃんに渡してほしいと1000円をくれた。

私の家族はとても優しい。曽祖父はお医者様の間違った注射が原因で亡くなった。今でもやるせない気持ちがある。それでも、最期まで家族みんなでおじいちゃんの看護を続けられたことはすばらしいと思う。おじいちゃんは息を引き取る瞬間、私にメッセージを送った。酸素マスクをつけて病院のICUで横たわっているおじいちゃんの夢を見てとっさに目が覚めた瞬間、電話がなった。

「おじいちゃん、死んだの?」10歳の私はとっさに理解していた。電話に出た母は「ちがうよ、学校に行きなさい」とうそを言った。このときの母のうそは今でも淋しく思う。おじいちゃんの「死」はわたしの学校よりも大事だったから。学校から帰ると通夜の準備が始まっていた。「死んじゃったんだ、やっぱり。」
おじいちゃんの遺影は笑っていた。優しい笑顔の、いい写真だった。

いまでも、おじいちゃんの命日になると思い出す。大きかった背中におんぶされ、子守唄を歌ってくれたこと。あのぬくもり、あの安心感。きっと、いつもそばにいてくれてるんだと思う。
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by shania2004 | 2004-11-11 23:31 | Thoughts
::: Racist (人種差別) について :::
人種差別をする事とはどういうことだろう。海外に出るようになり、本当に良く考える事がある。人種差別は「無知」からくる「恐怖」が原因にあるという。それはその国の文化であったり、国民性だったり、言葉だったりを理解していないがために生まれる。

英語が出来なかったころは、確かに私も「外国人恐怖症」の面があった。そのころは相手が何を言っているのか分からないので、ちょっとでもこちらを見て笑っている人がいると、自分が「笑われている」気がしていたものだ。そして、日本人が一番と心の中で思っていたりもしたものだ。実際他人を笑う事なんて、あまり無い。よっぽどのことでない限りは。。。つまり、あのころの自分は「無知」からくる「恐怖」に完全に負けていたのだ。

「郷に入ったら郷に従え」という日本のことわざがあるように、人間にはその環境になじむ能力がある。一度海外に出た人にはわかると思うのだが、自分自身に対する様々なものを目の当たりにすることになるのだ。たとえば、日本にいたときは気づいていなかった「人種」というもの。「文化」というものをまじまじと見せつけれらるのだ。
「当たり前」と思っていたことが、「当たり前」ではなくなるのだから、面食らってしまっても仕方ない。そういった中でも、自分たちの文化にプラスアルファで新しい文化を取り入れていけるのだ。時間はかかるものだが、そうして取り入れられた文化は人間の枠を広げる事にもつながる。ちょっとした、いい言葉で言うとすると、人としての器がすこし大きくなるようなものだ。

ただし、この段階で間違いを犯してしまうことも、しばしばある。そういう人は必ず物事を自分の価値観で「ジャッジ(良し悪しを判断すること)」し始める。つまり、日本の文化が一番だとか英語のほうがすばらしいとか、物事に順番をつけてしまうのだ。
この順番付けが始まると、全てのことは融合されず、消去法になってしまうのだ。これだけは、皆さんにも気をつけましょうね。

人種差別を無くすには、まずほかの文化や国民性、言葉を知りましょう。そして、「理解」することをあきらめることなく、コミュニケーションの潤滑を図りましょう!
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by shania2004 | 2004-11-09 20:11 | Thoughts
::: あなたは結婚向き?それともシングル向き? :::
今日、お茶してご飯を一緒に食べてきたわたしの友達は、13歳の時にパースに引っ越してきた子だ。前の会社で知り合い、それ以来たまにお茶を飲んだり、いろんな話を気兼ねなくしている。
彼女と自分自身を分析してみると「結婚向き」かそうでないか、そんな話題で盛り上がってしまった。どう考えても、「頑固」で「思ったことはやる」タイプの私たちは、二人とも、男の考えでそれを曲げたりする事は無い。ふたりで「自分の自由な時間」を有意義に過ごすことなどを話し合っている以上、そう、かなり「結婚」という二文字からは程遠い。
結局、自分の好きな事をやっていくタイプであるし、子供はあまり好きではないし、自由な時間を大切にしていきたいし、よほどしっくりくる相手がいない限り、「シングル」向きなのだ。
結局、人間なんて、毎日変わるものだし、いつ、どんな風に気持ちに変化が現れるかは分からないが、あくまでも、今の時点では「シングル」が一番自分にとって幸せな環境を作っているのだろう。みなさん自身は何向き?
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by shania2004 | 2004-11-02 23:33 | Thoughts
::: me & my big sister :::
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THis is me and my big sister (we call each other sisters).
She sent me few photos that she took the other day when she came over with her kids and husband.
It is soooo long time ago we met. 1 decade now...

I still remember the day she moved into the little cottage at YWCA in Auckland. I was making spinach and cheese pies for dinner. And I picked them up to serve on a plate. I looked at her and my first word to her was "Do you wana try this?"

We talk about everything even she couldn't speak English much at that time (she speaks French). Still now we put our shit together sometimes cry together sometimes and laugh each other at the end. It is so nice that I have her as my best friend and as my big sister.

私とおねえちゃんです。今日、写真が届きました。先日旦那と子供をつれてうちに遊びに来たときのもの。考えてみれば、私たちが出会ったのは10年前。。。

いまだに覚えている。彼女がオークランドのYWCAのコテージに引っ越してきたときのこと。私はあの時、夕ご飯用にほうれん草とチーズのパイを作っていたんだった。ちょうど、できたてほやほやのパイをお皿に移そうとしている時。キッチンに入ってきた彼女に「これ、食べてみる?」って言ったのが最初に交わした言葉だった。

彼女はまだ英語もろくにしゃべれていないころで、それでもいろんな話をしたもんだ。もちろん、今も。いつもお互いイライラをぶつけ合って、泣いて、そして最後にお互いを笑い飛ばすことになる。そんな彼女を親友として、そしておねえちゃんとして出会えたことはすごく素敵なことです!
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by shania2004 | 2004-10-29 23:13 | Thoughts
::: 愛する人とは自分自身を写す鏡 :::
「愛する人とは自分自身を写すの鏡のようなものよ」と親友は言う。私もこの考え方にとても賛同している。
相手が嬉しいと、自分も嬉しくなるし、相手が悲しいと自分も悲しくなる。相手が幸せだと、自分も幸せになれるのだ。なによりも「愛」とは「無償」であり、そして「許す事」である。
つまり「見返りを期待しない」ことであり、「そのままを受け止める」事なのである。
なによりも自分の「愛する人」が「幸せ」な顔をしているのをみて、この上なく自分の「幸せ」を感じる事が自然と出来ることなのだ。

ここでいう「愛する人」とは必ずしも「彼氏・彼女」や「旦那・妻」ばかりではない。「親友」や「両親」、「息子・娘」そして、「孫」なども、もちろん含まれている。

自分がとても大切にしている関係を築いている人たちは、まさに自分にとって「愛する人」となりうるのだ。つまりそれだけ、自分との距離が近い人たちだ。

そして、距離が近いだけに、全て手に取るように感じてしまうようになる。うそもほんとも、優しさも、冷たさも、装いも、素のままも。。。

そして、一つだけ覚えておかないといけない事は、「万物は変化している」ということである。
人の心でも、なんでも全てが変化しているのだ。万物が変化しているのだから、そこに自分自身や自分の「愛する人」も変化していということになる。

どんなに愛し合っている二人でも「パッション」はいつか消えてしまう。若いころはその「パッション」こそが本当の愛だと思っていたけれど、そうではないようだ。
やはりお互いが成長できる関係でいられることこそ、本当の「愛」を保つ事になるのではないかと。。。

そしてそんな関係を築けるような自分でいたいと願う毎日だ。
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by shania2004 | 2004-10-28 22:37 | Thoughts
::: 「成功する会社の社長」と「カリスマ性+人間性」の関係 :::
社長たる人間は一種のカリスマ性を備え持っているものだ。
そして、その選ばれた人間の存在は会社を大きくしていくために必要不可欠なものだ。

成功している会社は何が違うのだろう。まず、スタッフが気持ちよく働ける環境がある。そして、それに見合った報酬も収入もある。人材を選ぶ目もある。

それだけでは、どの会社も努力すれば出来るのだ。では、大きくなる会社とそうでない会社のちがいはどこにあるのか・・・。

そこに「社長」または社長並みの実力を持った「人物」のカリスマ性が大きく関わっていると思うのだ。ほかの会社と条件が同じであっても、それ以上に従業員の生産力を高める事が出来るところに秘訣が現れているのだ。つまり、コミュニケーション能力が高く、そして、並外れた人間性、しいていえば「この人ならついていこう!」と思える人間性を兼ね備えているかどうか、で決まってくる。

従業員に対して「金は払ってるんだから、仕事しろ!」という態度では絶対に仕事の生産力は上がらない。要は、「気持ちしだい」ってところもあるのだ。実際に、従業員たちが働くことで、お金をもらうのは当たりまえ。仕事をしているのだから、それに見合った報酬をもらうのはあたりまえのことなのだ。

ただ、ここにもハイラキーに対する偏見というものもある。社長がお金を支払って人を雇う、そしてそれ見合ったものが会社に返ってくると願う事も、当たり前の事だ。いかに出費を抑えながら、生産力を高める事が出来るのか、そして、その出費はどこで抑えて、必要な経費はどこまで含まれているのか・・・。

このカリスマをかねそろえた社長さんたちは、まず、「投資」が上手である。それはそのときによって違うが、「人」への投資であったり、「設備」投資であったり、「時間」への投資であったり。いろいろな形の「投資」を最適と思われる時期を見ながら、繰り返している。つまり、お金を何に使うかという事をうまく考えながら「投資」を続けられるのだ。そして、たとえお給料として「人」への投資を少なくしても従業員を「いたわり、感謝をする」ことで、生産力はそのままを維持させ、今度はその分設備投資をし、従業員の作業環境の向上を図るなどの努力もしている。

人間はけっこうシビアで繊細な生き物だ。相手が本音でいっているのかどうかくらい、簡単に感づかれてしまうことが多いのだ。だから、見せ掛けの「感謝」や「いたわり」では生産力は上がらない一方だし、さらに、信頼関係をも危うくさせる。そうなるともう、会社はのびないのだ。

様々なビジネスプランや構想そんなものがひしめき合う中、どんなにいいビジネスプランをもっていても、「カリスマ性」のない人間には人はついていかない。そして、そのビジネスプランも、「宝の持ち腐れ」となって、朽ちてしまうことになるのだ。

自分自身の社会経験を通していろいろな社長と出会ってきたが、成功しているところの「社長」は「カリスマ性」を備えている。そして、大概、そんな自分自身の「カリスマ性」に気づかずのし上がってきた大企業の社長も多かったりする。そんな人物こそ、真の「カリスマ」の持ち主なのかもしれない。
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by shania2004 | 2004-10-25 23:51 | Thoughts
::: 「初対面」の「敬語」で第一印象アップ? :::
ハウスメイト(20歳)とその友達2人と私で言葉使いについての話をたくさんした。
初対面で「ためぐち」で話されるのが気になる年齢の私は、やはり、初対面の時くらい「敬語」で話をしてほしいと思ってしまう。そして、私自身もそうするように心がけている。
これは、あくまでも日本人に対する独特の接し方なのだが。(オージーにはけっこうそのまんまでぶつかっていく事が多い。そしてそのほうが、彼らの肌にもあうらしい。)

幼いころはよく、人見知りをして母の後ろに隠れたものだが、今はたいていの場合そんな人見知りはしない。ただ、「自分の理解の範囲外にいる(正確には”いそうな”)人物」=「宇宙人(と呼んでいる)」は別だ。理解の範ちゅうにないため、どうしてもしり込みをしてしまう。

でも、わたしも昔のままの私ではない。今はきちんと「人観察」をする。そう、とにかく、言動や人間性を観察するのだ。観察されている側から見れば、私は「あまり話さない人」と思われがちだが、仕方ない、実際自分が言葉を発する前に、考えなければならないのだから。

この「人観察」はわたしだけではなさそうだ。どうやら、今日ハウスメイトの友達と話してみたら、彼らもけっこう鋭く「人観察」している。そして、そこにあったのは、初対面時の「敬語」の印象だった。

初対面であったときの対応が「敬語」の場合と、「ためご」の場合ではあきらかに「敬語」で話されるほうがきちんとした印象を与えるらしい。
もっともなご意見だが、このような意見を20歳前半の男の子からきけたのはとてもすばらしい。そして彼は、「ためぐち」でしか話してない子は結局「表面的」な付き合いにしか結びつかないかもしれないとも言う。

私は常に、人を見かけや年齢や性別、そして人種で判断しないように努力しているが、そんななか、一見イマドキの若者の口からこのような意見を聞けたのはとても嬉しかった。そして、私自身きちんとした「敬語」を使って「第一印象」アップだけではなく、人としてコミュニケーションがしっかり出来る人間になれるように心がけようと考えさせられたひと時であった。

明日はPride Paradeである。そう、パースのゲイパレード。同性愛者たちがひしめき合って行進をするのだ。カメラを片手にがんばっていってみようと思う。
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by shania2004 | 2004-10-22 20:40 | Thoughts
::: 「嫉妬」と「信頼」と「コミュニケーション」そして「幸せに」 :::
私の一番嫌いな感情が「嫉妬」である。
嫉妬に近いがもっと厄介なものに、「ねたみ、そねみ」などがあるが、これも嫌いである。

一番分かりやすい例に、男女関係の中に存在する「嫉妬」があげられる。
男友達と外出する彼女を叱咤する彼。そこには自分自身の「自信」の欠如とそこから発端している彼女への「信頼度」がともに100%でないことから始まる。また、逆の場合も同じである。
そもそも、どんな関係であろうと、まずは「信頼」で成り立つものだ。それが100%に近い関係こそとても尊いもので、家族や、恋人や、親友との関係があげられる。
また、この「信頼」を成り立たせるには、かなりのコミュニケーションが必要となる。なぜなら、この関係の中には、「コミュニケーションにいたらなかったお互いの期待」が少なからず存在するからである。
「彼女もきっとこう、思うはずだ」とかいう勝手な解釈はけっこう無謀なものなのだ。だって、本当にそう思うかまだ聞いてもいないんだから・・・。

20年、30年と連れ添ったカップルでも、「はじめてあなたのそんな面を見たわ。」という経験があるのだ。事実、「長い間連れ添って、分かり合っている」と思い込んでいる二人にも、まだまだ、コミュニケーションにいたらなかったいろんな部分が残っているということなのだ。
そう簡単に100%のコミュニケーションは取れるものではない。ただ、お互い信頼関係を保っていくためには必要不可欠なのである。

それからもう一つ「自己犠牲」からくる「嫉妬」がある。
これがまた怖い。「自分はこれで十分幸せだから」という顔を偽っている人が、この例だ。自分を犠牲にしてまで”幸せ”と思い込んでいる環境や事実(それは人によって違うが。。。)を手放せず、本当は何でもできる力、変える力を持っているのにもかかわらず、「私にはもう、そんなこと出来ないもの。。。」と自分を卑下して他人に「嫉妬」してしまうのだ。

いずれにしても、この後者の方の「嫉妬」が始まったら、気をつけねばならない。自分の人生が自分以外の何かにコントロールされているからだ。それは”給料のいい仕事”だったり、”愛情の無い夫”だったり、いたっては”子供”だったり”両親”だったりする。そういう自分以外のものに、「理由づけ」が始まったら、複雑な嫉妬が絡んできて、どうにもならなくなる。

でも、実際どうにでもなるのよ。簡単に。

まず、「自分が好きな事を100%する。」「自分の嫌いなことはしない。」
つまり、自分の原点にもどって、自分に正直になって、「好きな事をして、嫌いなことはしない」をモットーにやっていけばいいのだ。傍目には「その日暮らし」とか「いきあたりばったり」とか「計画性がない」とか言われる事が多くなるが、人生なるようになるもんだ。好きな事をしていたら、どんなに疲れようと、どんなに大変だろうと、「苦」とは思わないからだ。

3度離婚して結婚した友達はこういう。「何回離婚したら罰せられるって法律も無いから。」と。そのとおり。好きだから結婚して、うまくいかないから離婚をする。だれだって、うまくいくと思って結婚するのが普通だが、どうがんばってもうまくいかないのに、離婚しないのが普通とはどうしても思えない。

彼女のように、自分に正直に生きてきて、いろんな間違いをして、それを全てばねに、素敵な旦那様と子供たちに囲まれている例もわたしの目の前にあるのだ。
この、カップル、全くの信頼関係で成り立っている。「嫉妬」を感じたら、お互い「どうして嫉妬したのか」を話し合って、最後には二人で笑い飛ばすということまでしている。

このコミュニケーションこそがこの二人の「信頼」関係を保っているのだろう。
そして、二人ともお互いを「成長させる」関係を作り上げているのだ。

そんな、彼女も2児の母でありながら「好きな事」しかしない。常に「自分に正直」であるし、「嫌いなことはしない」。徹底している。そんな彼女とキャッチアップするとき、常に、わたしは「前世で家族だったに違いない」と感じるのだ。
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by shania2004 | 2004-10-21 22:43 | Thoughts


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