Slow life, Perth life
by shania2004
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::: 中野 :::
彼女は総武線立川方面行きの列車に乗っている。すぐ隣には紺色のポロシャツにベージュのタイトスカートそして白いハイソックスをはいた育ちのよさそうな7歳くらいの少女そして品のよさそうな母親が並んで立っていた。
窓の外では気だるく曇った空が、その重たい気持ちを見せ付けるかのように暗くそれでいて無関心に広がっていた。
足早にホームに下りるサラリーマンとOLさん、そして子供ずれの奥様の後で、4年ぶりに中野の駅に降り立った。

湿った風が、確実に雨を運んでいるようだった。
湿気を感じる空気を雑音と一緒に吸い込む。

自然と心は落ち着いていた。
彼女の中できっちりと分かりきっていたからだと思う。

私は4年前の私じゃない。

ホームから階段を下りる。
北口がいつも使っていた出口だと気がつくのに、少し時間がかかった。なんだか、とてつもなく昔のような気がした。同時に、4年前にフラッシュバックする。今と同じように、よく出口を確かめるのに時間がかかっていたことを突然何の前触れもなく思い出す。そして会いたい気持ちとは裏腹に、仕事のせいでいつも待ち合わせに遅れていたときの焦りさえもよみがえってくる。

私は4年前の私じゃない。

彼女は自分にもう一度言う。

駅も、商店街の位置も、居酒屋が立ち並ぶあの小道も、そして中古カメラ店も何も変わらずそこにある。ただ、4年前と違うのは、私は立った今ここにいるという現実感を伴う実感と、もう二度とそこで待ち合わせる事のない彼が、今は、現実感を伴い存在しないということ。

焦る事はない。
私は4年前の私じゃない。

淀んだ空気とともに二輪車数台がすぐ横を走行していく音を左耳に強く感じながら、彼女は商店街に向かい歩く。
気持ちは軽い。約束をしていない、待っている人もいない。
一方で彼女はその奥にちょっとした溝がまだ残っている事に気づく。
約束をして待っている人はもういないのだ。
そしてもう2度とその約束をする事が出来ない事も、今の彼女はきちんと理解していた。

ふらっと、昔よく行った中古カメラ店をのぞく。4年前のこの中古カメラ店の記憶といえば憂鬱という一言で一度ピリオドを打っていた。
今では看板が綺麗に改装されていた。入り口を入ると壁一面にコの字にショーケースが並ぶ。そして通路を隔てて真ん中にはアイランド型にさらに低いショーケースが並んでいた。35ミリカメラの代わりにデジタルカメラが幅を利かせる世の中になったようだ。昔よく見かけていた店員さんが今、またここにいるかどうかさえ、彼女は覚えていなかった。どの人が古くからいる店員さんで、どの人が新入りなのか。しかし、彼女にとってはどうでもいい問題だった。そう、彼女にとっては結局、どうでもいい問題だった。そして、彼女はその件に関してはそれ以上追求しない事にした。

店の中には、熱心にカメラを見るもの、そして店員さんとカメラの機能について話すもの、レンズコーナーのガラス戸をあけてもらい、その中の数点を見せてもらっているものがところ狭く存在している。

フラッシュバックは錯覚を伴いまた突然に襲ってくる。
彼女の中から雑踏が次第に消えていく。

大好きなカメラとレンズに囲まれていた彼。私はこの店で、何度となく幸せな彼の顔をこの店で見てきた。そしてその度にエゴの塊だと感じてしまった。
私はこの店で退屈という気持ちを幸せな時の中で、もてあましてしまっていた。その時間を、その一瞬を一緒に分かち合う事を避けて通ってきてしまった。
彼の中で何かが少しずつ崩れてしまったのも、私のエゴが彼の純真無垢な心のなかに投影され続けてしまったから。恋人は鏡だという言葉を思い出した。鏡に映った自分の姿を彼の中に見出し、そしてその自分自身の姿を否定し続けてしまっていた私。
今ではすべてがクリアーに分かる。自分の中のアンコントローラブルな何かが姿を持たないまま私の中でずっと眠り続けていた事。それは求愛されることで目覚めてしまった。許される事でそれは大きくなった。エゴがエゴとして生命をもって歩き出してしまった。彼は私のエゴに光を与え、栄養を与え、愛を与えた。それは見返りのない純真の愛情だった。来る日も、来る日も、彼は絶え間なく、そして穏やかに愛してくれた。彼は同時に私の作った傷を抱え、血を流していた。彼の傷は日に日に大きくなった。私は彼の傷の大きさを、そしてその流れ落ちる血を彼の愛だと錯覚してしまった。
そもそも愛とは何なのだろうか。求め、求められ、求め合う。与え、与えられ、与え合う。対等に、上下は存在しない。そこにあるのは一対一の人間のほかに何もない。アダムとイブは禁断のりんごを食べる事で楽園から追放される。私にはそれがいいことなのか悪い事なのかさっぱり理解できない。ひとつ理解できる事といえば、完全な人間がこの世に存在しないように、りんごは食べられるという完全に不完全な行為の中で人間にその甘い果実を与るということ。その味は不完全な行為の上にこそ存在し、不完全だからこそ甘いという事。

「ナニカオサガシデスカ?」
彼女は一瞬で自分が現実に引き戻されたのが分かる。
「え?」
一瞬、不思議そうな顔をした、さわやかなその青年はもう一度、笑顔でいう。
「何かお探しですか?」
彼女は答えを探した。彼女の探しているものはここにはないことも分かっていた。
すこし間を置いて、彼女はやっと、とりあえずの、そして永遠であり続けるとりあえずの答えを見つけた。
「ええ、見てるだけです。」
その言葉は彼女自身が見つけられる、彼女自身にとっても、そして店員に対しても一番の答えだった。
何を探しているのかも、何を見ているのかも、答えなくていい。彼女はただ、見ていた。その空間で、その日、その場所で。
4年前の時間を、4年前の彼の姿を、そして4年前の彼女自身を。

彼女は中古カメラ店を後にした。店を出てすぐ彼女は目を閉じた。
大きく息を吸い込み、そして、さよならを言うかわりに、吸い込んだときより大きく息を吐いた。

再びまぶたを開いたとき彼女はしっかりと現在に存在している。
その雑踏の中で、すぐ近くから匂ってくる魚屋のにおい、重みに耐え切れなくなった雲から落ちてくる雨粒がさらなる実感を彼女に与えた。

商店街をたどり、さらなる答えを探す事はやめた。
答えは彼女の中にすでにあった。

私は4年前の私じゃない。

彼女はまっすぐ駅に向かう。新宿までの切符を買い、一度だけ振り返った。
そこにあった中野の風景は少しだけ哀愁を帯びているように見えた。
でも、彼女は知っている。この次、この町に来るときは新しい自分を迎えてくれる事を。

「Bye」

彼女は心の中でさよならを言った。
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by shania2004 | 2005-06-15 22:41 | Thoughts
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