Slow life, Perth life
by shania2004
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::: 曽祖父の命日と思い出たち :::
本日は曽祖父の命日だ。
いつも鮮明に覚えている思い出が3つだけある。

一つは、曾祖母が出かけてしまって、泣きじゃくっていた私を子守唄を歌いながら優しく背負ってくれたときのこと。庭をぐるぐるして一緒におばあちゃんの帰りをまったこと。

そしてもう一つは赤ちゃんザリガニの散歩をしていたとき、がっちり踏まれてしまったときの事。このとき、私はかなり悲しかったのだが、おじいちゃんは「あ~、死んじゃったね~」といって泣いている私をみながら苦笑いをしていた。

おじいちゃんはめったに怒らない人だった。穏やかで、優しかった。脳梗塞を数回繰り返してしまったため、体が不自由だったけれど、少しは歩く事が出来た。それでも、危なっかしかったし、言葉も多少不自由がのこった。

そんなおじいちゃんに「お使い」を頼まれた事がある。
髭剃りを買ってきてほしいといわれ、「10円」を渡された。そして、さらに「お釣りをもらって来るんだよ。」と。もちろん10円で髭剃りを買えるわけが無い。おじいちゃんの立ち振る舞いからいって、わたしは「10円じゃ買えないよ!」とどうしてもいえなかった。あんなに当たり前のように信じきって、言われたからである。仕方なく、おばあちゃんのところに行って一部始終を話すと、これで買ってきて、お釣りもおじいちゃんに渡してほしいと1000円をくれた。

私の家族はとても優しい。曽祖父はお医者様の間違った注射が原因で亡くなった。今でもやるせない気持ちがある。それでも、最期まで家族みんなでおじいちゃんの看護を続けられたことはすばらしいと思う。おじいちゃんは息を引き取る瞬間、私にメッセージを送った。酸素マスクをつけて病院のICUで横たわっているおじいちゃんの夢を見てとっさに目が覚めた瞬間、電話がなった。

「おじいちゃん、死んだの?」10歳の私はとっさに理解していた。電話に出た母は「ちがうよ、学校に行きなさい」とうそを言った。このときの母のうそは今でも淋しく思う。おじいちゃんの「死」はわたしの学校よりも大事だったから。学校から帰ると通夜の準備が始まっていた。「死んじゃったんだ、やっぱり。」
おじいちゃんの遺影は笑っていた。優しい笑顔の、いい写真だった。

いまでも、おじいちゃんの命日になると思い出す。大きかった背中におんぶされ、子守唄を歌ってくれたこと。あのぬくもり、あの安心感。きっと、いつもそばにいてくれてるんだと思う。
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by shania2004 | 2004-11-11 23:31 | Thoughts
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